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第7話 「乾いた世界へ」
“Custom Stop 500m Ahead(税関は500m先です。)”
路上に現れた大きな文字に緊張が走る。自転車を止め、パスポートを貴重品袋の中から取り出した。意味もないのに、クチャクチャになった髪を手で整えてしまう。ケープタウンを出発して2週間、僕たちは、南アフリカ共和国とナミビア共和国の国境に達したのだった。イミグレーションの手前では、多くの人達が集まっている。一体、何を待っているのか?彼らの冷ややかな視線を感じながら、南アフリカ側の出国イミグレーション前で、僕らは自転車を止めた。係員らしき人が僕らに気づき、「こっちに来い。」と指示をする。言われるがままに詰所に入っていくと、気難しそうなおやじが座っている。必要事項を書類に書き、パスポートを渡すと、イミグレーションのおやじは、パスポートの白紙のページに豪快に出国スタンプを押した。アフリカでの陸路国境越えにはトラブルがつきものだと聞いていたので、思わず拍子抜けしてしまう。
 
南アフリカ側のイミグレーションを出ると大きな橋にさしかかった。地図上での国境線であるオレンジ川だ。ナミビア側の入国イミグレーションは、この橋を渡り1キロほど進んだところにあった。ここでナミビアの入国審査を済ませなければならない。なんのトラブルもなく入国スタンプをもらい出発しようとしていると、ひとりの係員が近づいてきて、自転車の荷姿を見ながら不可解そうな顔でこう言った。
 
「お前たち自転車も申告しないといけないぞ。こっちに来い。」
“申告ってお金を払わないといけないのか?”
「ああ、そうだ。」
“僕たちは、バイクとか車じゃなくて自転車だよ。そんなの関係ないはずだよ。”
 
冗談じゃない!自転車で国境を越えるのに税金を払ったなどという話を僕は聞いたことがない。賄賂でも取ろうとしているのだろうか?突き出された申告書類の質問事項を見ていてもどうもおかしい。
あなたの乗り物のプレートナンバーは?
あなたの乗り物の排気量は?
自転車にとって何の関係もない申告書類の内容を見ながら必死に抵抗していると、係員たちが数人でごそごそと相談しはじめた。すると数分後、責任者っぽい人がにっこり笑いながら・・・
「No need to declare !  Enjoy your Trip!!(申告は必要ありません。旅を楽しんで下さい)」
 
2カ国目、ナミビアの旅が始まった。ナミビア共和国、ドイツ領南西アフリカ時代から南アフリカの統治を経て、1990年にナミビアとして独立したアフリカでも最も新しい国である。日本の2倍強の敷地に人口はたったの200万人弱、世界でも最も人口密度の低い国のひとつである。ナミビアの景観は南アフリカの景観とは全く違い、山の岩肌は荒々しく露出し、草木は生えているものの色がなく、枯れた世界に入ってきた感じを受けた。南緯23°27分前後の南回帰線上に位置するナミビアでは、赤道付近で上昇した暖かく湿った空気が上空で水分を失い、その空気が地球の自転の影響を受け下降してくる。この下降気流と沿岸を流れる海流がナミビアに乾燥をもたらしている。僕たちがこのナミビアに入ったのは、幸いにして6月。ナミビアにとっての冬にあたるので、気温は日中でも20℃〜25℃と非常に快適だった。しかし、後で聞いた話なのだが、この付近を1月頃に走ったサイクリストは、50℃近くまで上がる気温と水の調達の困難さに三途の川を渡りかけたと言う。10キロや20キロ進むたびに現れる橋で、川は完全に干上がっていて、川底はひび割れをしている。気温は快適でも、そんな景観を見ていると不安になる。しかし、この不毛の土地にもかかわらず、そんな水無川の周りだけは草木が緑を成している。川底に存在するわずかな水分を吸って生き続ける草木の力強さには、まったく持って脱帽である。町や村の間隔は約100キロに1つとなり、野宿を強いられることも多くなった。野宿はできるだけ道路からはずれ、車で走る人たちの目に留まらないところにテントを張った。日没までにテントを張り、日が完全に沈んでしまうまでに、町で調達していたスパゲティーに火を通し、適当なソースをぶっかけて腹に放り込む。やがて日没がやってくる。地平線に沈む太陽を見ていると、見る見るうちに太陽は沈んでしまい、夜が始まる。360度、人影も民家も見当たらないところで迎える夜は、恐ろしく暗い。テントから顔を出して外を見ると、夜の暗さが怖かった子供の頃の記憶がよみがえってくる。しかし、雲がない日は、満点の星空が気分を明るくしてくれる。カシオペア座が北の空の低いところに見え、南の空には日本では見ることのない南十字星が輝いている。夜中に目覚めてはテントから顔を出し、星座の見える角度から時間を推定してみる。時差を計算してふと想う。
“日本は今、平日の午前9時頃かぁ・・・”
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